Diary

文章のどっかでカーソル当てると何か出ます。役に立ちませんが。

(2004/11/29) BISエピソード番号は、DVD版で書いてるところが多々ありますので、ご了承ください。


2004 June

2004/06/30 未訪問リンク色、結局こっちと同じにしてもうたわい。

『ハイリスクみらくる』に、爆笑しつつ。

『MAJOR』今秋アニメ化、正式発表ですか。

…明らかに横浜ベイスターズがモデルの球団が出てきて、でもって、元巨人軍選手の名前を足して2で割った選手が序盤で死んじゃうってアニメ、

アレの後番組じゃない、って説は理解できるが…。

しかしなあ、系列の関東局は親会社より横浜の扱いがいい。

…。

マジでやりかねん!(それはどうかと。)

でも、昨年末特番でやったお医者さんのレギュラー化説も。

それよかBISをね、うん。




2004/06/29 本館の未訪問リンクと"em"、結局色変えました。

ベリーメロンです。

あのもう、Vなお方が。分かる人だけ分かってください。

昨日、部屋掃除・ごく一部模様替え。結構いらんブツが多いの再確認。

燃えないゴミの日まであと13日…。




2004/06/25 うーん、やっぱり色変えるのは無理だ、本館。

また変えてみようと色々やったが、元の木阿弥。

2月後半から、日記一部削除。裏項目、全削除。

これでやっと、アステロイドへ戻れます。




2004/06/24 プリンタ新調〜!(自家用でございますが)

紙重ねても大丈夫〜!前のがね、イマイチでね。

すみません、あと一個向こうで追加させてください。歴史は繰り返してた。




2004/06/21 最近腹立った事。CD輸入禁止法案可決。

「DVDにまで適用されたら、Saber RiderのDVDどーすんだよ!」

と思った。

著作権法上『レコード』のみに対する扱いだが、『安い北米版DVD等も規制しろ!』、なんて動きが出たら…嫌です。

朝日新聞のあるコラムで(掲載日・著者失念)、音楽著作権について、『大きな象が大量の虫に襲われ息絶える』イラストと共に、掲載された。

『質は一元化・数だけで換算』というシステムなんで、

例え素晴らしい曲を書いても、雑多な多くの曲に紛れて埋もれたまま、この世から消えてしまう可能性がある、ということだった。

CD売れるんだったら、確実に1曲でも儲かりますけど。

ちなみに、番組専用曲以外のBGMの使用料は、民放連加盟の民放局については、年に一定額払えばいくらでも使えます。NHKもそうだったはず。

以前、『CM飛ばし問題』で一時期民放連から外されたある放送局は、BGM元楽曲の使用料を、個別にJASRACに申請する必要が出たので、大変だったのだ。

例の件、完全終了。裏、後日整理。

サイト開いてからまだ書いてなかったんで、書きたかったことを。

『知ってるつもり?!』OP曲は、『星銃士ビスマルク BGMVOL.1』、B7曲目・『ビスマルク出動』(作・編曲:戸塚修)の、イントロからです。

著作権は、日本テレビ音楽が所持。

アニメ三銃士仏版DVD、BOX1は10月発売予定。(IDP Home Video より。)

(2004/11/12) 2005年2月に、13話までの、3枚入り Coffret 1 発売決定。

(その前に、過去の予定が『11月』になってた…。)




2004/06/20 『野球マンガとギャグ』のセット。

で、週刊少年誌は売れたとさ。『戦後野球マンガ史』より。

とまあ、隔離分で少年漫画のデータをまとめてました。

いい資料も手に入って、野球漫画全体についても書けましたが、

『まんだらけZENBU、なんですわ…、それ。

会社自体の体質は、原稿流出問題で正直疑問なんだが、

いかんせんカタログ自体は参照した梶原一騎研究コラムや、最新号に至っては、

高橋資祐さんインタビューを絶対読め!

なわけで、先号のOPダル&コンスのセル画登場に引き続き、即効衝動買い。

タツノコ時代だけでなく、サンライズ、ぴえろ、るーみっくの話題もあり、お顔も拝見できて、『タツノコプロ インサイダーズ』(講談社)よりお得。

高橋留美子氏が押井守氏に対して腹を立てた経緯や、韓国・台湾でのお話など。

BISについてもインタビュアーから振られましたが、

1話だけじゃねえっす(泣)。30、39話もあるっす…。

2004/11/29 本放送・AT-Xでは『真心が見えた時』は40話。しかしDVD-BOXでは、39話。

担当話、みんな好きっす。




2004/06/15 まあ、コンスタンスは南ちゃんなんだけどね。

『オリッ鉄』の元ネタ作品の巻末を見て、「神代さん…」とも思うわけで。

『戦後野球マンガ史 手塚治虫のいない風景』(米沢嘉博 平凡社)から。

かつてのように、プロ選手に混じって少年が闘うという素朴な夢だけでは、野球マンガは成立しなくなっていた。

プロ野球があこがれの夢の桧舞台であることを止めたのは、何時の頃からなのだろうか。

魔球という必殺技さえあれば、少年がプロとして闘えるという単純なアイディアが、野球マンガの大きな流れをつくっていったことにはまちがいない。

それを可能としていたのは、プロ野球界が、一般にはとても手の届かない選ばれた「プロ」たちによる夢の戦いだったからだし、同様に、少年たちはみんな野球をプレイすることが好きだったからだ。

p202 『「プロ」の失墜とヒーローの不在』より)

上の問いに、『ミラクルジャイアンツ童夢くん』が最後、とはっきり言える。

もっとも、この作品はアニメがメインで、漫画版は各学年『学習』で連載はされていた。

『魔球』ではないが、同著では、小学館学習誌・コロコロコミック連載の『リトル巨人くん』(内山まもる)含めて抜けている。

清原・工藤のジャイアンツ入りどころか、オリックス・近鉄合併も実現し、『球界予言書』(おいおい)と化した例のプロ野球ギャグも、コロコロコミック連載作品ではあるが。

『巨人の星』や『侍ジャイアンツ』といった昭和40年代作品を読んでない自分には、リアルタイム子供向けプロ野球漫画といったら、以上である。

『リトル巨人くん』は77年から。学習誌では86年3月号まで連載。てんとう虫コミックス15巻では、複数の『最終回』が掲載されている。(2004/07/14 訂正)

著者の年代から、深く扱える範囲がどうしても限られるゆえに、これらの作品が取り上げられなかったのは仕方がない。

だが、少年誌が実名プロ野球漫画を描けなくなった80年代、児童誌で90年まで、『少年プロ野球選手』は生きていた。

しかし、89-90年は、マスコミによる『桑田バッシング』最盛期でもあり、野球4コマ雑誌はその一員として、便乗した。

もちろん、『童夢くん』の世界では無関係だったが…。

両方の『巨人』の姿から、私の中でねじれ現象を起こしてしまったのが、中学三年生の夏である。

15年間を要した。

『プロ野球があこがれの夢の桧舞台』であったのは、『童夢くん』まで。

と気づくことに。

90年代には、采配術がビジネス書となり、監督が選手と共にサラリーマンに扮し登場するCMが出るなど(そこのファンの時期もあった)、球界が『会社』と変わらなくなる。

プロ野球が『夢』として機能するのは、『海外』のメジャーリーグか、38年間・18年間優勝できなかったチームが優勝する、『局地的』な範囲に限られてしまう。

93年から、再びプロ野球の看板を負わされ続け、日本代表監督になった長嶋氏が、今年3月に倒れてしまった。

選手のことなんて何も考えちゃいない。だから嫌になる人が出るんだ。

例の件で図書館から借りもしたが、なかなか書店に…と思ったところ、ようやく購入す。少年漫画の流れを知る上でも、『<美少女>の現代史』と併読推奨。

『ちかいの魔球』ちばてつや氏、『タッチ』あだち充氏も、少女漫画経験者なんだよな…。と改めて確認。

『巨人の星』も、形を変えた旧世代『少女漫画』なのか…。な〜る。

てか、これをあっちの『あとがき』にすりゃよかった。




2004/06/14 かなり耳が痛いというか。

新しいスレ立ってるわけなんですよ。三銃士の。

『アニメ三銃士は好きだけど、個人サイトは原作等の知識が必要だし、サイト管理人・オフ会参加者中心で、行き難い。』

アニメだけ好き、多少下世話な話もしたい、という方が現在のスレの中心である。

一方、既存のサイトが敷居を高くする理由も、自分で調べられる範囲の事を調べてこない、話が通じない、といったトラブルによるものでもある。

女性中心、また年代の点からでも、『「大人」の人しか来ないでくれ!』が、訪問者への本音でもある。(オフ会での話、この範囲で大丈夫でしょうか?皆様。)

「ただ好きで、来ただけなのにな…」が、現在の三銃士スレにいる方の、三銃士サイトへの本音ではあるが、双方の言い分が分かるゆえ、辛い。

『巨人の星』は、昔の日テレの再放送を見てもOPしかはっきり覚えてませんでした。『サリーちゃん』の方が、キャラ覚えている率は高かった。

てか、昔はアニメの再放送多かったなあ…。それでもなかったBISって…。




2004/06/11 今朝、父と弟と会話をして思ったこと。

「『おそ松くん』って、少年サンデーといわれてもピンと来ない。」

父・「そうだよ。」

『おそ松くん』はぴえろ版しか馴染みがないし、赤塚不二夫氏の漫画もコミックボンボンのしか読んだことないし。金田正太郎が山田さんで、島村ジョーが井上さんからだし。

『オバQ』も64年のサンデーからで、65年には小学館学習誌中心になり、モノクロのアニメも大ヒットして…といわれても、『ドラえもん』から藤子作品に触れた人間なんで、

85年の天地総子版からじゃないと見てないよお。と叫ぶ。

弟・「アニメ史書く人って大体男性だよなあ」

後者に関して言えば、国内では大体そう。

アメリカでは、『現代日本のアニメ』スーザン・J・ネイピア氏がいるが、アニマトリックスDVD特典からも分かるように、『アメリカにある日本のアニメ』なので、どうしても偏る。

世界名作劇場文庫『小公子セディ』西田ひかる氏のあとがきで、アメリカのTVアニメの傾向がよく分かるし、Amazonで旨樫があまり役に立たない書評したこちらもどうぞ。

『オタク嫌い』の御仁のお蔭でアニメ史を振り返ってきましたが、1972・1979・1984の三つの年は、『ルパン三世』テレビ版にも符合している。

77-80年本放送セカンドシリーズを、夕方5-6時台の再放送で親しんでいた我々に、ファーストシーズンの再放送で衝撃を食らわされたのは、中3か高1の頃だった。

『ル、ル、ルパン、ザ(中略)♪』って何?

と、クラス(の特に男子)の間ではもう一大事になっていた。

7110-723月のファーストシーズンは、半年で打切りとなったが、放送末期に起きたのが、あの『あさま山荘事件』。

でまだ会社の寮にいた母がリアルタイムで中継を見ており、しかも、週刊マーガレットで『ベルばら』が同年から連載されたときゃあ、寮内で雑誌回し読み。う、うらやましい…。

後者だけだけど。とまあ、全共闘も学生運動も『分からん』。

高校の社会科教師が、少年時代にエキスパンダーで『大リーグ養成ギブス』作って、見事に失敗したと授業中に話したときは、クラス中爆笑してたわけで、

『巨人の星』が、オーバーリアクションのギャグにしか見えなかったり、
するわけなんですよ。1975年生まれの自分は。

弟に『本中華』のマダム楊(ヤン)ネタ振っても、全然通じないのだから。

生まれる前のことでどうしても理解できない部分があるのは、当たり前なのです。

そんな弟は、勇者・エルドランシリーズのDVD-BOX連発に、ただいま苦しんでます。

と、無許可で身内ネタ振った姉を許して。

5月26日分を一部訂正しました。タツノコアニメ見たのに何やっとんじゃ、自分。




2004/06/05 祝!生フェルメール個人的に第二弾!!

行ってきましたぜ、東京都美術館。閉館ギリギリだったけど。

祝!銀座松坂屋aramisSHINJI っ!

山野楽器にBOX1ダルがいたのは喜んでいいのか?

祝!ギョーザライス7年越し制覇!

前に行ったときに食券売りのオバちゃんに、あなたじゃ食べきれないからやめたら?と言われて泣く泣く冷し中華の食券を買ってしまったリベンジを果たしたのだ。銀座で。

こっかいとしょかんまわりはおまわりさんがいました。

国際こども図書館で、講談社版の星銃士ビスマルク絵本を全部蔵書。

今度行こう…。(てっきり国会図書館だと勘違いしてた)




2004/06/03 夜中、『にんげんドキュメント』再放送を見る。

熊本の弓職人と、八段審査に挑むイギリスの弓道家だった。

決して隙の許されない世界。『無心』が求められる。

八段審査には、誰一人として合格者は、いなかった。

審査を見守っていた弓職人に、弓道家が書き綴った日本語の手紙は、非常に丁寧な言葉で、感謝が込められていた。




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